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今日も他人事

今日も他人事

Fate Grand Order SS「刻まれた記憶」

かつて、復讐に燃えた男がいた。

男は名を偽り、あらゆる手を尽くし、仇敵達を破滅させることに成功した。

復讐は、為った。しかし、男は自らの行いに苦悩し、後悔する。

そして、改心の末、己が悪性を捨て、自らを慕う寵姫と共に新たなる人生を歩み出す。

男の名はエドモン=ダンテス。

その凄絶な復讐劇は一人の小説家によって世に語られ、あまねく人々の喝采を受けるに至る。

……ゆえにこそ、彼は思う。その名は、自分の名などでは決してない、と。

この身は未だ復讐を成し遂げず。

復讐を遂げることも叶わず。

人々が喝采し、願望した復讐の化身。永劫の復讐鬼。

それが巌窟王(モンテ・クリスト)という英霊の在り方。

憎悪こそ力の源泉。憤怒は彼という存在を構成する核だ。

恩讐の彼方で、彼は黒き炎となり、燃え滾り続けるだろう。

この世界を不道徳と悪逆が満たし続ける限り。ただ独り、永遠に……。



『刻まれた記憶』



「……どう?変、じゃない?」

私が言うと、マシュは目を輝かせて首を横に振った。

「いいえ、すごくお似合いです、先輩!」

「そ、そう?」

「はい!とても、クールです!あ、写真も一枚撮らせていただけますか。私の先輩コレクションに加えておきますので」

「あはは、ありがとう」

嬉しそうなマシュに思わず、苦笑い。

可愛い後輩に似合っていると言われて勿論、嫌な訳はない。

……まぁ、その、男装、なんだけど。

今は新しく用意された礼装の試着中。

だが、新しく用意された礼装は明らかに男物の真っ黒なスーツだった。

しかも、ネクタイ付。なんでよ。

「どうだい?ダ・ヴィンチちゃん特製礼装の出来栄えは」

カルデア一の大天才が自信満々といった様子で言った。

「はい、最高です。流石、ダ・ヴィンチちゃん。完璧な仕事ぶりです!」

「ふふふ、そうでしょう。マスターちゃんの体格にぴったり合うようにこしらえたし、手持ちで最高の素材を使って構成しているからね。着心地も含めて完璧な筈だよ」

「うん、それは最高なんだけど」

「ん?」

「なんでスーツ?」

私は訝しげな視線をダ・ヴィンチに送った。

「私のアイデアよ」

ダ・ヴィンチの代わりに答えたのは、アイリスフィールだった。

私よりもずっと大人な彼女だが、幼い子供のように無垢な笑みを浮かべている。

「やっぱり、ぴったりね。私の見込み通りだわ。すっごく似合ってるわよ、マスターさん」

「ありがと……って、喜んでいいのかなぁ、これ」

「あら、どうして?」

「だって、これ、男物だし」

「いいじゃない。それだけ貴女が綺麗ってことの証明だもの」

「そ、そう…かなぁ?」

「まぁ、性能の方も抜群だよ、マスターちゃん。こいつは攻撃特化でね。
 守りには使えないが、確実に一撃するのに向いてる。
 ほら、最近、避けるのが得意な手合い、多かったでしょ」

「あぁ……新宿にいたアサシンとか、アヴェンジャーとか」

「そうそう。扱いは難しいけど、君はもう歴戦だからね。使いこなせるよ、この天才が保証する」

「うーん、まぁ、やってみる」

多少、気になるが折角、用意してくれたものを無下に扱う訳にもいかない。

とりあえず、慣らしてみるということで、スーツを着たまま、しばらく過ごすことになった。

途中で何人かの知り合いと擦れ違ったが、反応は……まぁ、人それぞれだ。

正直、見世物になってるみたいで恥ずかしい。

そんなことを思っていると、廊下を曲がったところで、ばったりエドモンと遭遇した。

一番見せたくない一人に見つかっちゃったなぁ……と思ったが、何故かエドモンは何も言わない。

彼は驚いたような表情を浮かべて、じっとこっちを見つめている。

「エドモン?」

私が呼びかけると、彼はバツの悪そうな表情を浮かべた。

「なに?そんなに変?」

「……いや、お前ではない」

「え?」

「気にするな。それにしても」

私の問いをはぐらかすように、エドモンは頭を振った。

「中々、似合ってるじゃあないか、マスター」

「え?そ、そう?」

「あぁ。パリの舞踏会にでも出れば、賓客の女共が放ってはおくまいよ」

「……それ、褒めてる?」

「さあな?」

口元に笑みを浮かべ、エドモンは身を翻した。

去っていく彼の背中を私はじっと見つめる。

「どうかしましたか、先輩?」

不思議そうにマシュが言った。

「ん……なんかさ、変じゃなかった?エドモン」

「変、ですか?いえ、私にはいつもの巌窟王さんに見えましたけど」

「そっか」

どこか違和感があった。ほんのちょっとだけ引っかかる。

強いて言うなら、あの時の顔。

全くの想定外に驚きを隠す余裕もなかったという感じだ。

エドモンとは監獄塔で色々あった。

だから、ちょっとした仕草も気になってしまうのかもしれない。

「まぁ、いっか……」


*****


カルデアの一角。その片隅で、巌窟王はヒマラヤの青い空を眺めていた。

何故だろうな、と彼は自嘲気味に呟いた。

何故、今になってあの娘の面影を重ねて見たのか、と。

―――伯爵。

聞き覚えのある娘の声が脳裏に蘇る。

それはエデではなく、かつて愛を誓ったメルセデスでもない。

かつてイタリアで行われたもう一つの復讐。

ファリア神父を陥れた三賢人。聖堂教会に潜む邪悪との対決。

その途上、幾多の血が流れた。勝利の為、多くの犠牲を払った。

あの娘もその一人だ。

エドモン・ダンテスと同様に無慈悲な現実によって平凡な日常を奪われた憐れな娘。

そして、共に復讐を成し遂げる為に、男の姿に身をやつしたモンテ・クリスト伯爵の忠実な従者。

彼は娘を覚えていた。その名前も、顔も、声も。

エドモン・ダンテスは恩讐の末に救われた男の名だ。

尽きることのない復讐の化身たる英霊の名では断じてない。

しかし、この霊核に刻まれたエドモン・ダンテスの記憶もまた偽りなどではない。

巌窟王は懐から葉巻を取出し、ゆっくりと火をつけた。

白煙がうっすらと立ち込める。

――コンチェッタ。最期に、お前は何を思った。何を願ったのだ。

答えはない。それで構わなかった。

ただ、せめて。

できることなら、恩讐の彼方でその復讐の顛末を見届けていてほしいと願うだけだ。

巌窟王はもう一度、葉巻を噴かした。

白い煙が漂う。

その煙も次第に薄れ、虚空へと消えていった。



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